結婚する前の年になるのかな。
ちょうどその頃は仕事でも人生最大級のデスマーチ中で、夜中の病院で父親の臨終を迎えた瞬間に現場から電話が鳴るようなクソッタレな状況だった。
あの頃が今のところ人生で一番辛かったときかな。
転職とか、結婚とかいろいろと人生の転機について考えていた時期で、そのときにデスマーチと父親の死が重なって、心のなかはグチャグチャだった。
オレの人生なんなんだろうって思ったよ。やっと大人になって、お酒飲みながら父親と語り合いたいとか思ってたのに、そういう機会は結局無かったし、残業代もつかない安月給で何百時間も働かされて、顔とかアレルギーが出てひどかったし。
お葬式の日は本当にしんどかった。
息子を亡くしたおばあちゃんの気持ち、旦那を亡くした母親の気持ち、父親を亡くした僕と弟の気持ち。
そんな事を考えていると、気が狂いそうになった。
おそらく、家族皆が似たような気持ちだったかもしれない。
お葬式が終わって、最後に母親がお坊さんにこんな事を聞いた。
「お葬式が終わって、主人は安らかに目を閉じてますけど、わたしたちはちっとも救われていません。どうしたらいいんですか?」
するとお坊さんはこんな事を言う。
「はい。今、この瞬間に残された人が救われることはありません。でも、騙されたと思って、2年だけ我慢してください。大変長い2年間に思われるかもしれないけれど、その期間だけ我慢してください。人間の悲しみとか、そういうものを癒すのは時間だけなんです」
その時は、にわかに信じられなかった。
で、あれから8年経った。今でも時々父親の事を思い出して、少しだけ悲しかったり、寂しい気持ちになるけれど、あの日の気の狂いそうな辛さはもうすっかり無くなった。これが「癒された」というのかどうかは分からないけれど。
あの経験があったから、割とつらいことは乗り越えられるようになった。ちょっとの間我慢すれば、辛さは通り過ぎたり、気にならなくなったりするってわかったから。
最近、自分や、友人や、周りの人達がつらそうにしているのを見て、なんとなくそんなことを思い出したので書いてみた。
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